2018年3月22日に大阪市で、「災害時マネジメントセミナー 災害時に指定管理事業者が担う役割と責任 〜熊本地震から学ぶ災害への備え〜」が開催されました。当日は指定管理事業者や行政担当者など指定管理施設関係者60名程の参加があり、指定管理施設における大規模災害時の対応のあり方や、施設内における避難者の被害拡大を阻止するための課題と備えについて、熊本地震での事例を紹介しながら議論を進めました。以下、その概略を報告します。
開会挨拶と主旨説明
一般財団法人ダイバーシティ研究所 代表理事 田村太郎
避難所の現状と課題
日本では、災害時に学校の体育館が避難所になっているが、それは、日本におけるコミュニティ形成の変遷に関係がある。明治維新以降、政府が学校を核としたコミュニティづくりを推進する中で、学校の体育館が地域防災計画の中で避難所になっていった。
現在、大規模災害時に学校の体育館だけで全ての住民を収容できない。熊本地震では、指定されていない施設に避難者が避難し、後から避難所指定を受けた施設が全体の2割あった。新潟県中越地震や阪神・淡路大震災では、避難所ではなかった場所をあとから指定した「指定外避難所」が全体の4割あった。
災害時対応の前提を見直す
地域住民の災害時対応力が、高齢化の進行とともに大きく減退している。地域防災計画では、住民同士の共助が基本になっているが、共助で何とかなる、やりきる、ことは非常に難しい。さらに財政や人員の面で、自治体の災害時対応力も落ちている。地方公務員は、年間1%ずつ減っており、自治体間の協定があっても、十分な人を派遣してもらうことは難しい。
学校にたくさんの避難者を収容し、体育館の床に雑魚寝をさせる、日本の災害時対応の前提を変える必要がある。このままでは災害で助かった命が避難生活で失われる悲劇が続いてしまう。「学校の体育館に避難すれば、自治体職員がやってきて助けてくれる」という認識を改め、いつ災害が起きてどこに避難しても、大切な命が守られる社会を作らねばならない。
災害時の実際を知った施設運営を
この10年で、自治体がこれまで直轄で運営していた施設に指定管理者制度が導入され、外部への委託が浸透した。指定管理施設は地域住民にとって「県の施設」「市の施設」であり、災害時に避難してきた地域住民に「私たちは行政職員ではない」と言ったところで納得してもらえない。
地域防災計画の中で避難所として指定されていなくても、施設に利用者がいる場合は帰宅できない利用者をサポートする必要がある。実際の災害時には、電気や水道などのインフラがしっかりとした公共施設に住民が押し寄せ、災害発生後に行政側から避難所としての運営を依頼されることもある。
今日をきっかけに、実際に地域や施設で災害時に起きることを認識し、避難生活での被害の拡大を防ぐ観点から、できることを始めていきたい。
基調報告:熊本地震での被災者対応の現実① 「熊本地震における支援から見えた指定管理施設の課題」
一般財団法人ダイバーシティ研究所 研究主幹 伊知地亮
先進国とは思えない災害関連死の多さ
東日本大震災では、直接の被害から生き延びた方のうち、実に3,647人もの方がその後の避難生活で命を落としている(災害関連死)。先進国であるはずの日本で、なぜこれほどまでに災害関連死が起こってしまうのか。この状況を改善していかなければならない。
一気に避難者が来て一気に減っていく最初の1週間
大規模災害時の避難所には、2つのフェーズがある。それぞれのフェーズで正しい対応を取ることで、避難生活での被害拡大を防ぐことができる。
発災直後は、非常に多くの人が一気に避難し、災害の様子がわかり、見通しがつくと、数日後には元気で動ける人が避難所を出て行くので、一気に人が減る。その傾向は、阪神・淡路大震災、中越地震、東日本大震災のいずれの災害でも共通していた。運営体制が確立しておらず、外部からの支援や物資が届かない中で、押し寄せる避難者の命をどう守るかが、発災直後の課題になる。
避難所を出て行くことが出来ない移動や生活が困難な人
最初の1週間が過ぎると、避難者数の減少は緩やかになる。混乱が落ち着くと、段ボールベッドを入れたり、コミュニティスペースや子どものスペースを設けるなど、避難所は長期運営に入っていく。避難所以外に行くところがない人や、経済力や自力移動が難しく生活力の低い人が避難所に残り、その多くは高齢者である。
東日本大震災の場合、半年後に仮設住宅が完成した。災害関連死のデータと重ね合わせて分析すると、原発事故のあった福島県を除き、半年間の避難所生活で亡くなった人は1,317人、半年以降は120と10倍以上の差があり、実に9割以上の人が、避難生活期で亡くなっている。
指定管理施設が向き合うことになる課題 〜熊本地震の事例から〜
・実態を掴めない役場、見えない被災者
・避難所の指定を受けると運営長期化の可能性
・避難所閉鎖は、残る避難者への丁寧な移行ケアが必須
避難所運営の長期化としては半年が目安。この期間は、通常の施設運営ができず、経営上どのようにBCPにつなげていくかも大きな検討課題の一つとなる。指定管理者として、要配慮者に配慮のある運営が長期にわたって求められ、次への移行のための丁寧なケアを行わなければ、避難所を閉鎖できない。要配慮者や生活力のない被災者へのケアは、自治体との連携が欠かせない。
これからの災害に向けて指定管理施設ができる備え
・行政と事業者との間で災害時対応について検討を
・職員や利用者を守るために必要な準備を
・避難所運営は避難者の世話をすることではない、支え合う避難所をつくる
多くの自治体では、地域住民の数に対して、指定避難所のキャパシティが不足している。災害発生時に、指定管理者としてどの様な災害時対応を行うのか、行政とあらかじめ検討しておくことが大切。どの地区にどの様な人が暮らしているかなど、事前に情報を把握し起こりうる事態を予測することも必要。行政と住民、施設と住民という分け方ではなく、「全ての被災者」というチームで避難生活を乗り切っていただきたい。決して、避難所のサービスプロバイダーになってはいけない。避難所運営が長期化するとわかった時点で、運営自体は住民にゆだね、指定管理者は住民による自治運営をサポートする立場になり、それぞれが支え合う避難所をつくることが、避難生活で被害を拡大しないことにつながる。
基調報告:熊本地震での被災者対応の現実② 「外国人対応施設としての運営〜熊本市国際交流会館〜」
一般財団法人熊本市国際交流振興事業団 事務局次長 勝谷知美 氏
国際交流を担う熊本市国際交流振興事業団
熊本市国際交流事業団(以下、事業団)は、熊本市の中心部に立地する国際交流会館をオープンするときに設立した財団で、平成18年に指定管理者制度が導入された。3年間の移行期間の後、平成21年から公募が開始され、現在は、2回の公募を経て、2期目の指定管理に入っている。地域防災計画での国際交流会館の位置づけは、災害時における外国人避難対応施設となっており、指定避難所ではなかった。
熊本地震、国際交流会館に避難する人々
4月14日の午後9時26分に、最初の大きな揺れがあったとき、国際交流会館は午後10時の閉館前の営業中で、館内の安全確認に回った。4月16日午前1時25分の本震時は閉館していたが、明け方4時頃に会館をオープンした。市役所からは24時間の避難所として運営するように指示があり、会館に避難してきた人は、200人を超えていた。安全確認が十分ではない3階〜7階は使わず、目が届く範囲の1階と2階のみを開放し、日本人、外国人がそれぞれ最大40人から20人前後、全体で最大150人、その後40人程度の避難者数で、4月30日まで避難者を受け入れた。
その時、何が起こっていたのか
170人もの避難者が宿泊することになり、市役所に食料を求めたが、「指定避難所ではないので、食料を届けられないかも知れない」という返答だった。そのため民間外国人支援団体にお願いして、公開空地で炊き出しをしてもらった。
事業団の職員は合計28人で、避難所の出入りのチェックを24時間体制で守衛の方が担当。その他のスタッフは、情報や物資の調達に専念し、プロパーの2人が宿直。市役所からの人員応援もあった。
最も苦労したのはマスコミの対応。同じ新聞社でも支局が違えば、記者はそれぞれにやってくる。マスコミ対応者は「事務局長と事務局次長のみ」というルールを作り、対応した。
施設利用に関するたくさんの問い合わせがあったが、避難者の受け入れとの関係もあり、確実な返答が難しい状況だった。
被災した外国人災害時の情報は日本語のみになってしまうため、被災した外国人から何が起きたのか、何処に行けばよいのかわからず、様々な問い合わせが入った。言葉がわからないだけではなく、文化が異なり、避難所のルールもわからず、たくさんの外国人が不安にかられていた。
避難者受入の終了
国際交流会館には、高齢者、小さな子ども連れの家族、外国人、宗教を持っている人など、様々な人が避難していた。全避難者にヒアリングを行い、全員が次のステップに移行できることを確認して、市役所とも相談のうえ、4月30日に受け入れを終了した。
日頃のネットワーク、外部支援が必要
安心して任せられる外部支援者の存在がなければ、避難者の受け入れを安全に終えることはできなかった。日頃から顔の見える関係があったことが、安定した避難所運営につながった。
パネルディスカッション 「大規模災害時に指定管理事業者が担う役割と責任〜大規模災害への備え〜」
パネリスト:
株式会社ウエルネスサプライ 代表取締役社長 薄井修司氏
一般財団法人熊本市国際交流振興事業団 事務局次長 勝谷知美氏
一般財団法人ダイバーシティ研究所 研究主幹 伊知地亮
進 行:
一般財団法人ダイバーシティ研究所 代表理事 田村太郎
「どうすればよいのか」指定管理者としての疑問
薄井:ウエルネスサプライは、阪神・淡路大震災の時に仕事を失い、たくさんの人の助けがあり、25年目を迎え、被災者としての経験から、東日本大震災や熊本地震などの大規模災害への支援活動を続けている。被災地に入り、体育館で寝泊まりをしたり、精神的・肉体的にも大きなダメージを受けている被災者と接するうちに、指定管理制度が広がる中で、私たち指定管理者がどうあればよいのか、どうあるべきなのかを考えるようになった。
避難者がいる場所が避難所
田村:災害時に行政からの支援を得るためには、避難所として指定される必要がある。避難所となっていなければ、行政としては食事を届けることができない。阪神・淡路大震災の時は、テントを張って避難している人がいた公園も、避難所の指定を受けていた。
伊知地:熊本県益城町の場合は、避難所の指定を7箇所追加した。避難所として指定はしないが、お弁当を配給する拠点を最大30箇所設定して最初の混乱を乗り切った。
勝谷:国際交流会館は、かなり悩んだが、避難所としての指定は受けなかった。備蓄物資の管理や職員が前面に出て対応していく等の負担が大きく、責任範囲も明確でなかった。「避難者がいるところは、全て避難所とする」と市長が宣言したことで、ようやく避難者への対応が進んだ。
長期化する避難所は、学校の体育館より指定管理施設という事実
伊知地:指定避難所となっている小学校の体育館は、避難所として運営しづらいという事実がある。まず、学校に知らない大人が敷地内にいることへの抵抗感やストレスが大きい。もう一つは、本来の子どもが学ぶという機能を制限してしまうこと。避難所としての機能と学校の事情が相反しているわけで、展示場やスポーツ施設の体育館などの施設が代替案になり得る。
田村:東日本大震災の場合でも、県立の展示場や体育館が長期の避難所として使われるケースがあった。県の施設は地域防災計画から外れており、長期避難をお願いされたり、物資拠点として使われるケースが出てきた。
もしもの時の行政と指定管理者の立場は?
田村:熊本地震の経験から、指定管理の協定書の中であらかじめ詳細に決められていたこと、決めておくことができそうなことは?
勝谷:もし避難所となった場合や、災害時に職員への出勤命令を出した場合に、誰が国際交流振興事業団職員の身分保障をするのかを明確にしておくことが必要。熊本地震では発生してから、追加の変更協定を結んだ。
薄井:職員の安全確保は、一番重要なこと。施設は、さまざまな人にサービスを提供する立場でありながら、自分達の安全も守らねばならない。身分保障、安全確保という意味でも、災害時の行政と指定管理者の役割が明確になるように、もっと議論が必要。
事前の心構え、避難所運営中の心構え
田村:災害が発生すると、たくさんの多様な人が避難してくるが、事前に備えておけることはあるか?
伊知地:事前に、この地域にどの様な人がいるかを把握しておくことは有効。利用者や近隣住民の様子がわかっていれば、避難者の想定が可能になる。
勝谷:国際交流会館は、災害時外国人対応施設ということで、どの辺りにどこの国の人が多いかなどの外国人住民の情報を持っていた。また、地域国際化協会のネットワークや多言語支援センターの設置運営の経験を持っている人との平時の繋がりが重要だと思った。