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第2回 「地域 ×連携 ×イノベーション 〜働き方の変容とジェンダー〜」
京都府立大学地域未来創造センター
コーディネター/上席研究員 鈴木 暁子

京都市国際交流協会在職中の1998年にNPO多文化共生センターきょうとを立ち上げ、京都市の医療通訳システム創設に携わる。2006年よりダイバーシティ研究所において多文化共生やダイバーシティ、CSR、市民社会の構築に関する調査研究や事業運営を担当。2013年京都府立大学男女共同参画推進室コーディネーターを経て、2016年より現職。同志社大学大学院総合政策科学研究科博士後期課程在籍。研究テーマ「ローカルガバナンスの視点による自治体多文化共生分野の政策システムの研究」。
(公財)京都市ユースサービス協会評議員、(一財)ダイバーシティ研究所客員研究員等。

 

 

『ジェンダー』との出会い

ジェンダーとは、生物学的な性差に加えて、社会的、文化的に形成される性のありよう、考え方を指し、時代によっても変わってきています。私自身がジェンダーという考え方をリアルに感じたのは就職活動中のことで、海外勤務を希望していたのですが、大学院からの推薦枠は男性のみでした。また、その後も、出産、子育て、仕事復帰などのライフステージの節目で、いくつかの壁に直面してきました。

2011年の東日本大震災では、暴力や性被害の現状を目の当たりにし、改めて、ジェンダーは社会の中で大きな課題だと気付いたのです。

働き方やジェンダー課題の現れ方は、三大都市圏とそれ以外の地域で随分状況が違っています。それぞれの地域の持つ課題や状況に応じて、多様な取り組みがなされています。政策的な追い風もあり、「働き方」や「働かせ方」も変わりつつあると感じています。

日々の生活と直結する地域での活動は、課題解決へのアプローチや担い手もさまざまであり、創意工夫によるイノベーションが起こっています。自分自身のことだけでなく、組織の問題を解決していく過程で、社会にも好影響を与えていく事例が誕生しています。

今回の講義のキーワードは、「エンパワーメント」です。福祉や国際協力分野で使われることが多く、「力づけ」と訳されます。意識変化や行動変容を起点とする、組織や地域のコミュニティも含んだ社会構造の変革と発展、政策の転換など、ミクロとマクロの双方向の作用を伴うところが、ダイバーシティの醍醐味でしょう。

共働き家庭でワークとライフのリアルを体感するワーク&ライフ・インターン

東京のベンチャー企業であるスリール株式会社(http://sourire-heart.com)が、7年間提供を続けているワーク&ライフ・インターンには、首都圏を中心に600人以上の大学生が参加をしています。大学生がペアになって、共働き家庭に3ヶ月間、週1〜2回保護者のいる時間帯に訪れ、子どもと一緒に時間を過ごすというインターンシッププログラムです。インターンシップの事前、事後には、社会変革の学習もあり、学生にとっては学びの多いプログラムになっています。インターンシップの修了生のネットワークもあり、就職した会社以外の人との繋がりが途切れないことも特徴の一つです。

学生にとっては、実際の共働き家庭に入る体験をすることで、仕事と家庭の両立することへの不安やもやもやの解消につながっています。キャリア教育として取り入れている大学も多く、参加学生の約3割は男子学生です。

一方で、受け入れ家庭では、子どもはお兄ちゃん、お姉ちゃんの訪問が楽しみになり、育児休業中の母親は、学生に仕事や家庭のことを話すことで、職場復帰に向けての心の準備が整っていきます。

このように、ワーク&ライフ・インターンは、学生と共働き家庭双方に、互恵的な事業モデルが構築されており、ケアワークの新しい形といえます。

ママの居場所づくりから発展したエンパワーメント事業

ワーク&ライフ・インターンが、フルタイム共働きを前提とした大都市型のジェンダーへのアプローチだとすれば、都市近郊の地域では、また違ったアプローチがみられます。

岐阜県山県市は、岐阜市の北部にある人口2万6千人の地域です。いまから10年前、山県市には、ママ達が集まりやすいカフェや、子育て広場のような場所はありませんでした。このような地域の中で、乳幼児検診などで出会った再就職を希望するママ達が、公民館を借りておしゃべりの場を開きはじめました。子育中は、環境の変化や子育ての心配、職場復帰や再就職に対する漠然とした不安、相談相手の少なさから、辛い気持ちになることもありますが、こうした場でおしゃべりをし、支えあうことによって乗り切っていく、という「居場所」となってきました。

公民館でのおしゃべりの場は、やがてコンビニの空き店舗を利用した子育てサロンとなり、子育てサロンで行っていた就労支援事業は母親の再就職支援事業として独立し、地域での仕事づくりにチャレンジしています。しました。こうした女性を間近で見ていた、地域で「おもしろいことをしたい」という思いが沸いてきます。そこで、地域で暮らしを「楽しむ」をコンセプトに、「半農半X」のような新しいライフスタイルを求める男性が動き出し、里山集落の活性化や古民家レストランの運営などのまちづくりを行うNPO法人やまがた舎(山県楽しいプロジェクトhttp://g-yamagatasya.org)が誕生しました。

現在は、児童館の指定管理者となり子育てサロンなどの事業を行うNPO法人かばさんファミリー(https://kabafamiry.jimdo.com)、子育て期の女性の再就職を支援する株式会社ママプロ(http://g-mamapro.jp)、先述のNPO法人やまがた舎の3つの事業体が、それぞれの特徴を活かして地域で活動を展開、互いの事業が組み合わさって、相乗効果を生み出しています。

互いに影響を及ぼし合いながら社会を変えていく

図は、福祉分野の非営利活動を説明する図式として示されたペトロフのトライアングルモデルです。行政、企業、コミュニティの組織形態に対し、「公式/非公式」「非営利/営利」「公的/私的」の線引きを行い、それぞれの役割とポジションを示しています。

例えば、山県市の例では、もともと自分達のために始めた非公式・非営利のコミュニティ活動が、子育てサロンや児童館の指定管理など公式・非営利の活動へと動いていきました。同時に、再就職支援事業は、非公式・私的な株式会社としての活動へと変化し、男性を中心としたまちづくりの新たなコミュニティの形成も起こりました。

このように、コミュニティビジネスやNPOは、曖昧な境界線の中に生まれ、媒介性をもちながら、社会全体応じた形で課題にアプローチしていくことができるのです。

最後に、いつもこころに留めている言葉をご紹介し、講義を終わります。

「人権の損失とは、権利のどれかを失うことではなく、人間社会における「足場」を失うこと」
ハンナ アーレントHannah Arendt(ドイツ出身の哲学者、政治思想家)

※「足場」とは、人間がその行為意見に基づいて、他者から判断される関係が成立している場所のこと。

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ペトロフのトライアングルモデル(1992)