「ダイバーシティ社会のケーススタディ(4)〜セクシャルマイノリティ〜」
特定非営利活動法人 虹色ダイバーシティ 代表 村木真紀
時流に乗り、時流を作ってきた
性的マイノリティの現状
「LGBT」とは、性的マイノリティのことを指します。これは最近よく耳にすることがあるかと思いますが、今日はもうひとつ、「SOGIE」という言葉も覚えてほしいと思います。これは、「Sexual Orientation(性的思考)and Gender Identity and Expression(性自認、ジェンダー表現)」の略で、「自分の性別をどう思っているのか、そして、それをどう表現するのか」という意味です。これはみんなが思っていることですよね。
性的マイノリティの社会的困難
LGBTは色々なところで問題になっていますが、教科書にはあまり載っておらず、当事者でも情報が得にくいのが現状です。日本の学校は男女で分ける機会がまだまだ多いので、当事者は学校に行きにくくなります。そうすると正規の仕事に就きにくくなり、それは貧困の元にもなります。実は、ホームレスのLGBTも多く、海外では若者で40%とも言われています。しかし、日本ではこのデータすらないのが現状です。
誰かパートナーを見つけたときにも、性的マイノリティは結婚ができません。万が一の時にも、法律上他人なので連絡は親に行ってしまい、パートナーには行かないかもしれません。年金など、社会保障の対象外にもなってしまいます。
自分の老後も不安ですが、先に親が老いることになります。親からするとLGBTの当事者は、「結婚していない息子や娘」であり、介護の担い手として期待されやすい傾向にあります。
最近は、地元には居場所がないと思って都市部に出てきた当事者が、親の介護のために地元に戻る当事者も多くいます。せっかく都市部で友人や居場所を見つけても、「何も言えない場所」に戻らないといけないということが出てきています。
ストレスも多いので、メンタルヘルス上の問題もあります。どれだけのLGBT当事者が自殺しているかという点も、データすらありません。数パーセントのマイノリティの状況も、データとして取ろうと思わないと取れないという状況です。
障がい者で「合理的配慮」というのがあり、申し出をすると受けられますが、LGBTは申し出がすなわちカミングアウトになるので、怖くてそれすらできないというのがあります。色々なことで困るのに、周囲に助けを求めにくいというのが課題です。
日本での現状
法的には犯罪ではありませんが、差別禁止法はありません。同性婚の法的保障はなく、性別変更は可能でも、要件が厳しいものです。
判例や省庁レベルでは少しずつ改善が進み、通達や通知も出しています。ただ、学校の現場の方々はあまりそういうものを見ないので、改善は鈍い状況です。学校関係でショックだった話ですが、実は教師は保護者や同僚から「結婚しろ」という圧力が強いそうです。その人はゲイなのですが、レズビアンの人を探して偽装結婚したそうです。省庁の取組も特に罰則規定があるわけではないので、強制力が低い状況にあります。
一方で、地方自治体の取組は進んできています。議会への請願が出るなどして、「パートナーシップ制度」が始まり、現在9か所で実施され、計319組の利用者がいます。3年前はゼロだったことを考えるとすごい数字です。この一組一組にドラマがあります。
企業でも、職場の相談窓口や研修、社内制度など、法定外のところで取組が進んできています。これは、例えばアメリカでは同性婚が認められてカップルとして扱われていたのに、日本に来た瞬間に家族扱いされないことになる。いわゆる高度人材が、日本で働けずに困るようなことが出ている。商品やサービスの面でも、結婚式場や生命保険サービスもLGBTの顧客に対応してきています。
企業では、支援体制と社内制度は取り組みやすいものの、意識改革で苦しんでいます。現場を変えるために色々と取り組んでいますが、LGBT単独テーマの研修は少しハードルが高いので、外国人など他のダイバーシティ・イシューと一緒にやることを推奨しています。
協働相手と自分の「強み」を活かして取り組む
虹色ダイバーシティの職員はみな当事者であり支援者でもあるというのが一つの特徴です。
行政が無料で居場所づくりの事業をすると、いろんな人が来ます。LGBTに加えて発達障害であったり貧困者であったり、多重の困難を抱える方が結構きます。当事者のまわりの人たちも相談に来たりする。行政と一緒にやると、安心してくれるということが背景にあります。
学術機関と一緒にデータを集めることにも取り組んでいます。厚生労働省はデータを取っていないので、自分たちでまずデータを作ってしまおう、と。学術機関と協働でやっていることも信頼感向上につながっていると思います。
調査をしていると、当事者である自分たちの感覚と比べて、割と齟齬のない結果が上がってきます。これが意外と他の研究者にとっては当たり前ではないようです。当事者が調査者、というのも一つ特性で、適切な仮説を立てられるという点で優位性があります。
例えば、「差別的言動が頻繁にあると思うか」という点で、当事者は58%であった一方、非当事者は29%でした。これは感じ方が違うからです。普段の環境によって、同じ言葉も違うように聞こえます。私自身、「好きな芸能人は誰?」というのが、実は仲良くなろうとして聞いているのだということが、以前はわかりませんでした。当事者かそうでないかでここまで大きく違ってきます。
また、近頃は、企業や行政向けの研修やコンサルティングをしていますが、皆が知っているような企業を味方につけていき、信頼感を高めていっています。
どのように人を巻き込んでいくかがポイント
LGBTの研修をすると関心のある人しか来ませんが、公共の場所でポスターを貼ると、子供が寄ってきて、つられて親もやってきてくれます。そうした仕掛けをしています。
研修以外にも、一緒にゴミ拾いをするような、「一緒に何かをやること」の効果が高くて、コミュニケーションを取るうちに「ゲイの〇さん」から、「〇〇映画が好きな〇さん」になっていきます。
外圧も使っています。日本はG7で唯一同成婚についての制度がありません。犯罪じゃないけど権利がない状態です。ある国際団体からは、この状態が「迫害である」とも言われている。一方、アジアの国からすると、法律はないけど社会的許容度が高いのは日本です。アジア諸国のLGBTの留学生がよく日本に来ています。タイは現在、かなり本気で取り組んでいます。
現在、「ジェンダーギャップ指数」というのがありますが、UNDPではLGBTの観点から国を評価する指標を作ろうとしています。しかし、残念ながら日本はそもそもデータがありません。おそらく、回答することすらできないのではないかと思います。この状況を政府に伝え、政府がこれを作る、となったときに一緒にできたらいいと思っています。
LGBTでもうひとつ大切なのが「ダブルマイノリティ」です。LGBTかつ、何かのマイノリティに該当している状況です。
この課題に取り組むために、他の社会課題に取り組む人とのつながりを作っていっています。ダブルマイノリティの方々の声を拾い上げていくためには、まず支援団体にLGBTのことに気付いてもらう必要があります。他の社会課題に取り組んでいる人とつながることで、LGBTへの支援ができるようになります。つながりを作ることで、例えば「LGBTフレンドリーな障がい者支援施設」ができたりします。これは実はすごいことなんです。こうした当事者は、一般社会からも、障がいの社会からもはみ出してしまうからです。
情報発信も大切にしていることの一つです。書籍などの既存のメディアからSNSまで、それぞれのメリットを活かしながら取り組んでいます。実は最近、多忙であったり顧客の予算の都合などで、講演の依頼にお応えできない状態があり、もやもやとしていました。そのため、講演の様子を動画配信サイトでアップして無料公開しています。1分程度のものを50本用意しました。それでもまだまだニーズに追い付いていないのが現状です。そのため地域でこの問題について話ができるスピーカー、担い手の育成にも取り組んでいます。どうやって人を巻き込んでいくか。これを工夫しています。
最後に
2013年にNPOを立ち上げて、たまたま事業を始めたいという自治体があって、たまたま研修機会が増えて、パートナー制度が始まって、アメリカで同成婚が認められて、そうこうしているうちにここまで来ました。たまたま時流に乗って来ましたが、時流を作ってきたとも言えると思っています。
LGBTは人口の数パーセントで、そこをターゲットにすると市場は小さいので、事業としては企業・行政をターゲットにしています。
ビジネスとしては、当初これで食べていけると思っておらず、社労士の勉強をしたりしていました。イシュー的に繊細なところなので、協働相手も当初不安がっていましたが、積極的にメディアに出ることで世論を喚起して、デザインを工夫して安心してもらったり、会計情報もきっちりやるなどしていたことが後から効いてきました。
法律もなく、やる気のある会社以外はやらないのではと心配でしたが、コンサルタントとして仕事をしていた経験が活きて、日本の会社が「同業他社」の動きを非常に気にすることなどもうまく刺激しながら広げることができたと思います。