ことばさがしの旅*¹
私が好きな絵本のひとつに「フレデリック」*²という野ねずみの話があります。冬を前に他の野ねずみたちがせっせと食料を集める中、フレデリックはボーっと景色を眺めています。いつまでも働かないフレデリックに仲間たちは「ゆめでもみているのか?」と尋ねます。フレデリックは「ちがうよ、ぼくはことばをあつめてるんだ」と応えます。冬を迎え、実際に食べ物が底をつくと、フレデリックは仲間たちに冬が来る前に自分が集めてきた色や光、ことばについて話しかけます。仲間たちはそのことばに気持ちがあたたかくなり、これから春が来れば自分たちにどんな役割があるのか、それぞれにイメージをし始めるのでした。
実際に野ねずみたちがそんな会話を交わしているかはわかりませんが、少なくとも私たち人間には「物資」や「住まい」と同じくらい、「ことば」は重要な意味を持つと私は思っています。阪神・淡路大震災から30年、私は物資の支援や建築物の整備といったハード面での支援ではなく、被災者の全体像や過去の事例を俯瞰しながら、いま起きていることはこういうことではないか、これからこんなことが起きるのではないか、といった「ことば」をさがし続けてきました。被災した世帯を訪問してご様子を伺う私たちの活動は「パソコン隊」等と揶揄されることもありましたが、集めたことばをもとに被災地の課題を整理したり、今後の支援計画に役立てたりしてきたことは確かに意味のあることでした。
それは被災地の復興に限ったことではありません。「多文化共生」や「ダイバーシティ」といったことばを紡ぎ出し、広めていくこともまた、あるべき社会の方向性を切り拓き、これまでの価値観や倫理観に縛られて暗闇の中にいる人たちに一筋の光を届けていく、大きな力があると思うのです。
しかし、どうにも「ことば」が出ないこともあります。
ダイバーシティ研究所では本年2月から展開してきた石川県の「被災高齢者等把握事業」による訪問活動と並行し、輪島市役所との委託契約とYahoo!基金からの助成をもとに、3千件を超える世帯の「ことば」に耳を傾け、今後の「地域支え合いセンター」による支援計画の立案や、NPO等による支援とのマッチングに生かすためのデータ整理にのぞみ、ようやくその概要をとりまとめました(https://diversityjapan.jp/2024-wajima-research/)。
が、その直後、能登半島は再び大きな災害に見舞われることとなりました。私も先日、輪島を訪問して現地の様子をうかがいましたが、まさに「ことば」が見つかりませんでした。
しかし、この間に集まった3千世帯を超える「ことば」の数々があるからこそ、今回の水害の影響や世帯の変化も知ることができます。水害の直後から私たちは輪島市社会福祉協議会と連携しながら、被災された世帯を再び訪問し、そこから見えてくる「ことば」を改めて整理し、今後の支援計画の策定に臨んでいます。被災地はこれから厳しい冬を迎えます。でもその先にはまた必ず春がやってきます。いまかけられる「ことば」はすぐには見つからなくても、次の春や、またその先の生活再建に向けた道筋を照らす「ことば」さがしの旅を、私たちはこれからも地元の人たちと共に続けていきたいと思っています。
ダイバーシティ研究所 代表理事
田村太郎