収縮する社会と試される寛容性
東日本大震災から15年の節目を前に、岩手の沿岸におじゃまする機会を得ました。震災から8年のあたりで感じられた「そろそろ長いトンネルの出口が見えてきたかな」という明るい雰囲気はなく、「ここ数年はむしろ後退した気がする」という声をいくらか耳にしました。「東京2020」を機にこれまでの感謝を世界へ伝えたいという被災地の空気もコロナ禍とともに吹き飛んでしまい、反転攻勢のきっかけが見えません。
厚生労働省が2月に発表した2025年の出生数は70万5809人で、統計を開始した1899年以降で最少となりました。災害が発生しなくても人口が急減する中、災害前の人口や市場規模の回復を復興の目標とすることはできません。何を持って復興とするのかは、私たちがどんな社会をめざすのかと重なります。従来の延長線上で社会を眺めていては展望は開けず、まずは多様な選択肢のある社会へと転換を図り、新たな試行錯誤を繰り返しながら次の社会へと進んでいく必要があることを、私たちは東北復興の15年の歩みから学ばなくてはならないように思います。
新たな試行錯誤には労力がかかります。多様な働き方、多様な暮らし方を実現するには、多様な価値に対する寛容性が試されます。これまでのルールに従って生きてきた人には「ズルい」と受け止められるような、社会規範の大幅な見直しも必要です。国境を越えて移動する人々やセクシャルマイノリティへの権利の保障、学校外での学びの機会や副業を含む働き方の自由さの拡大など、寛容な取り組みを進めると時に反発が起きることがあります。そこには、「相手の自由を認めると、自分たちの権利が脅かされる」という恐怖感が透けて見えます。
厳しい状況が拡がる東北でも、いくつか明るい兆しが見られるまちがあります。そこはいずれも、内外を問わず新しい住民を受け入れ、新たな考えを導入し、新たなチャレンジをしているところです。大規模な災害では、居心地の良かったかつての頃に戻ることはもうできない、という現実を目の当たりにします。これは被災しなくても同じことです。経済も人口も収縮していくこれからの日本社会に必要なことは、過去の延長線上に思考を置くのではなく、新たな社会に向けて寛容性を高めるための覚悟です。
ダイバーシティ研究所 代表理事
田村太郎